箸的な何か

箸というのは、慣れるまでに時間がかかるが、一度慣れてしまえば至極便利なものだ。一方スプーンとフォークは使うのが簡単だが(マナーをきちんとこなそうと思うと相当たいへんだけど)、使い慣れたからといって目覚しく用途が広がるわけではない。
他にも、簡単な道具を使うことに習熟すると、複雑な道具よりも便利だというケースが色々ある。
コーヒーを煎れるのに、コーヒーメーカーを使うよりは、ペーパーフィルターのほうが簡潔で煎れ方の調整もできる。ヒゲを剃るのも、カミソリを使ったほうが電動のヒゲ剃りを使うよりもきれいに剃れる。自動車も、オートマよりマニュアル車のほうがエンジンの回転数と車輪の回転数を自在にあやつって複雑なことが可能だ。コンピュータにしても、真っ黒い画面(あるいはウィンドウ)にコマンドを打ち込んで使っている人を見かけるが、話によるとあれは慣れると至極便利なものだそうだ(ただし、OS によるとか)。
そうした箸的なものの極北は、じつは外国語ではないかと思ったりする。習熟におそろしく時間と手間がかかる反面、翻訳を待つ必要がないし、原語のテキストのほうが圧倒的に安価だったりする。そして、そう考えてみると英語の勉強なども、肩肘張らずにできるような気がしてくる。
もっとも、私の英語がいつまで経っても英語が上達しないのは、肩にも肘にも力が入っていないせいなのかもしれない。